ACT2開催レポート

日本・フランスで食のシンポジウム開催
【3月2日(木)3日(金)/東京大学農学部 弥生講堂一条ホール】
アグリコクーン食の安全・安心フォーラムグループ主催の、日仏国際シンポジウムが2日間にわたり開催されました。 消費者、マスコミ、企業、行政、研究者が日本、フランスから集まり、 開催テーマ「成熟社会の食の行方 -日本とフランスの対話- 」についての研究報告、意見交換が行われました。 また、2日間の日程中にはコーヒーブレイクや小さなパーティが盛り込まれ、来場者の皆さんと発表者との活発な意見交流の場が生まれました。多くのご来場ありがとうございました。
■ 第1日 「食の安全への懸念」
12:45~13:001.開会挨拶| 進行:中嶋 康博(東京大学)
  • 會田勝美(東京大学)
    要旨
    會田先生 開会のご挨拶
    會田勝美(東京大学)
    農学部長の會田でございます。本日は私どもの国際ワークショップにお集まりいただきありがとうございます。本日のワークショップは2つのことを記念して開催いたします。
    第1に私ども東京大学農学部とフランス・パリ=グリニョン国立農学院との国際交流協定の延長を記念して開催するものであります。パリ=グリニョン国立農学院は通称イナペジェとお呼びしますが、東大とイナペジェは10年前にはじめて国際交流協定を締結いたしました。国際交流協定は5年ごとに見直して更新するかどうか改めて考えておりますが、締結以来、研究面ならびに教育面での交流を継続的かつ積極的に行ってきた実績に基づきまして、今回は2回目の更新となります。協定を締結・更新のたびに交互に渡航して国際シンポジウムを開催しており今回は東大側が企画した次第です。
    このシンポジウムを開催するにあたりフランスから6名の先生方に来ていただけました。今回はこれまで行ってきたシンポジウムよりも幅広く自然科学系と社会科学系の両分野の先生方にご参加いただいております。東大側も企画代表者の生源寺教授の所属する農業資源経済学専攻をはじめ、応用生命化学、獣医学、応用動物科学、水圏生物科学の先生方に参画いただけました。東大とイナペジェ以外の方々にもご協力いただいておりますが、とにかく海を越えた2つの農学部同士が手を携えて、そして専門分野を越えて学際的なシンポジウムを開催できたことを私は誇りに思っております。
    さて、東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部は、本年度日本学術振興会の「魅力ある大学院教育イニシアティブ」事業の採択を受けまして、新しい大学院教育と研究のプログラムを発足させました。この国際シンポジウムはこれを記念して開催するもので、これが記念の第2でございます。この取り組みのお披露目の会にさせていただきたいと思っております。
    お手元の資料の中に2つ折りになったA4版の「アグリコクーン:ワクワクする研究、したい、知りたい、関わりたい」というパンフレットが同封されております。これはつい2日前にできあがったホヤホヤの説明資料です。私どもはこのプログラムで、独創的な研究を自ら持続的に進めることのできる自立した研究者を養成していきたいと考えております。
    そのために必要とされるのは、情報を収集する能力、自ら問題を発見する能力、コミュニケーション能力、学際的な知識の収集とそれらを統合的に組み合わせていく能力です。
    これらの能力やスキルを向上させて、研究における創造性の豊かさに結びつけていこう。これが本プログラムの狙いであります。それを運営していく組織として産学官民連携型農学生命科学研究インキュベータ機構を立ち上げました。ちょっと名前が長いのでこれを愛称で呼ぶことにいたしまして、アグリコクーンと名付けました。これは英語名の頭文字を適宜組み合わせたものですが、大事な大学院生、彼らのすばらしい発想を農学の繭のなかで育てていきたいという願いをここに込めております。
    アグリコクーンの特徴の1つは学際性です。
    研究科内での専攻を越えた教育や研究を積極的に後押ししていきます。
    農学分野には全地球的かつ全人類的な問題がいくつもありますが、それらはいずれも学際的なアプローチをとらなければ解決することは不可能です。農学はそれを解決する力を秘めていると信じておりますが、これまで十分に発揮したとはいえない状況でした。そのためには分野を越えた連携がまず必要です。そこでアグリコクーンは農学部内の研究者間での相互のネットワークを形成していくことにいたしました。学生には大学院の早い段階でその輪の中に入ってもらおうと考えております。
    アグリコクーンのもう一つの特徴は産学官民連携です。
    これからは、われわれは大学の中に閉じ籠もらず、社会との接点を広げて交流をしていきます。産学連携は一種のはやりですが、私どもはこれに官と民もふくめました。今回のワークショップは2日目にパネルディスカッションを開催しますが、パネリストの顔ぶれをみていただけますとまさに産学官民の分野からのご参加となっております。私ども意図がおわかりいただけると思います。われわれはその場でぜひとも産官民の皆様からの意見や研究へのご要望もうかがれればと願っております。なお先ほどご紹介したパンフレットは産学民の皆様にプログラムへのご参加をお誘いするためのものです。もしご興味をお持ちいただけたならば、ぜひとも産学官民連携室までご連絡ください。ホームページも公開しております。
    今回のワークショップのテーマは「食」です。
    まさに農学が扱うにふさわしいテーマかと思います。1日目はここのところ何かと懸念される食の安全問題をとりあげ、2日目は安全だけに限らない問題にまで話題を広げて議論していただきます。このワークショップはアグリコクーン内の食の安全・安心フォーラムグループが担当されました。食の安全・安心フォーラムグループでは3月28日にもワークショップを開催していただきます。
    アグリコクーンはこのようなワークショップをシリーズで開催して農学の知を社会に発信してまいります。食の安全・安心フォーラムグループ以外にも「農学におけるバイオマス利用研究」、「国際農業と文化」、「生物多様性・生態系再生」という魅力的な3つのグループがすでに立ち上がっております。またそれ以外にも情報利用研究に関するグループも準備が進んでおります。(注:情報利用研究フォーラムグループは2006年4月より活動をスタートしております)どうか皆さんこれからの東京大学農学部、農学生命科学研究科にご期待下さい。
    今回のワークショップには大変多くの方々にご参加いただきました。
    皆様のご協力に心より感謝申し上げ、本日と明日の2日間で実りある議論ができますことを祈念いたしまして、私のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。
  • カトリーヌ・マリオジュルス(パリ-グリニョン国立農学院(以下INA PG))
    要旨
    開会挨拶
    カトリーヌ・マリオジュルス
    (パリ-グリニョン国立農学院)
    みなさまこんにちは。ただ今ご紹介にあずかりました、カトリーヌ・マリオジュルスです。
    私たちの学術交流10周年を記念するセミナーの開催に当たって、ここに挨拶できますことを、私は心よりうれしくまた光栄に存じております。また今回残念ながら来日の叶わなかった学長、及び国際関係担当部長から、皆様への感謝と信頼の念をお伝え申し上げます。両氏とも計画の実現に今日まで支援を惜しむことなく、それゆえに今回のセミナー開催に大きな思いを託しております。これからフランス語でお話しします。
    これまでご尽力いただきました、すべての日本の方々に、心から御礼申し上げたいと思います。
    フランス研究者の日本訪問を準備してくださったこと、そして、学生に研究の場を提供してくださったこと、そういったいろいろなことにご尽力いただいた方のお名前すべてを挙げて御礼を申し上げることはできませんが、まず、鈴木昭憲先生、東大農学部長であられました。1994年、私たちの最初の訪問に際しまして、いち早く学術交流への関心をお寄せいただきました。国際交流室長、岡田先生は、計画を具体化するために私たちと一緒に学術交流プログラムの設立に力を注いでいただきました。秋田重誠先生、その仕事を引き継いでいただきました。佐々木恵彦先生、東京大学農学部長であられました。1996年にパリにいらっしゃいまして、我々との学術交流協定の調印をしていただきました。
    そして會田勝美先生が今回、私たちを招待してくださいました。また生源寺眞一教授と中嶋康博助教授は数年前からの長い友人であります。こうした方々の支えなくしては、このセミナー開催はなかったと思います。また、私どもの学生を受け入れるための努力をしていただき、2004年には3か月間、研究に携わるために学生を受け入れてくれました。研究者そして学生の交流が、これからさらに深まっていくことを希望しております。
    私どもの学校(パリ-グリニョン国立農学院 (INA P-G) )では、最近新しい奨学金の制度が設立し、いくつかの学校とネットワークを構築いたしました(※注 ParisTech)。またAfssaなどとの提携も始めています。我々はこうした提携を通して、より研究を深め、学術交流・人的交流を拡大させ、新しい時代に向けて世界的な研究テーマに取り組んでいく所存です。そして、フランスと日本との間の架け橋になっていきたいとも思います。
    最後に、アグリコクーンのメンバーに対して、すばらしい条件でのセミナー開催に向けた準備をしてくださったことに感謝いたします。本日はありがとうございました。
    注:
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13:00~14:002.食品安全政策とリスクアナリシス| 進行:局 博一(東京大学)
  • 小野寺節(東京大学)「BSEのサイエンス」
    要旨
    小野寺 節
    東京大学大学院農学生命科学研究科
    応用動物科学専攻教授/応用免疫学
    2001年10月以来、BSE対策として8の政策が実行されている。それらは、
    1)獣医における年450万頭農場牛の検診
    2)獣医による年130万頭健康牛のプリオン検査
    3)特定危険部位(SRM)の除去、焼却
    4)牛骨粉の生産、使用の禁止
    5)死亡牛年10万頭のプリオン検査
    6)トレーサビリティ及び情報公開
    7)食品安全基本法の成立
    8)内閣府食品安全委員会の設立
    である。
    現在において、SRMの食品、飼料に対する混入の問題は、検査法の感度が限られている為、解決困難である。またSRMの種類は増える可能性が有り、日本の牛においてもそれは例外でない。SRM除去は部分的にしか食の安全を保障しない点が、政策上の問題となっている。したがって、BSE感染牛や、高リスク牛においては、肉においてさえも食用禁止となっている。
    現在のBSE検査は、感度の問題が有り、BSE感染牛や高いリスク牛を完全に除外するものではない。
    その様な情況では、病牛、死亡牛、擬似患畜由来のものを、ヒト食物連鎖に入れる事は必ず避けなければならない。その為に食品安全に対する厳格な対策を立てなければならない。その対策を保証するものとして、国家認証(IDシステム)によるトレーサビリティが必要とされる。
  • ベロニーク・ベルマン(国立獣医学校)「フランスとEUにおける食品安全対策:原則と展開」
    要旨
    フランスとEUにおける食品安全対策:原則と展開
    ベロニーク・ベルマン
    フランス国立獣医学校所長
    動物衛生ならびに食品に関する規制は、EUの中では最も統一のとれたものの一つである。
    その展開は食品の安全概念と手法を反映したものとなっている。
    ここ数十年、食品危害は様々な展開をみせた(減少するもの、増加するもの、そして新たにあらわれるもの)。フードチェーンにおける生産や消費習慣の構造と組織も同様に変化し、それは生産と消費の大衆化を進めてきた。フードチェーン各生産段階の連関についてのさらなる理解は、食品安全問題における統合された「農場から食卓まで」手法を実現させる。
    1950年代にEUでは、公的管理はおもに動物衛生(家畜伝染病)、と畜、最終製品(サンプリング)」に焦点を当てていた。その後、規制や管理がだんだんと一層複雑になっていったにもかかわらず、食品安全を司る行政機関は相変わらず一つしかなかった。
    1993年に事業者は製品の安全性を保証するための予防的手法(HACCP)を実施する責任を負うことになった。食品安全性は事業者と行政の共同責任となったのである。
    2005年に、予防性、透明性、無害性といった原則とフードチェーン全体を統合した手法に基づいた新しい規則が施行された。食品生産者は製品の品質に対して全責任を負っていて、適切な予防的措置を導入しその実施を管理していかなければならない。トレーサビリティ、潜在的な不良品の回収、規制当局の情報、HACCPが鍵となる概念である。この規則は、規制に関する要求事項を含んでいる。
    フランスは、中央集権国家である。100の地方行政機関(県)の知事が首相の名の下に行政(動物衛生局も管轄下にある)を司っている。これにより、ユニークでかつ直接的な、国からの指揮系統が実現されている。農場から食卓の食品安全性は動物衛生局が監督しているが、ときには他の行政機関(消費局、保健局)と手を組むこともある。
  • 梅津準士(水資源機構)「我が国の食品のリスク分析と食品安全委員会の役割」
    要旨
    我が国の食品のリスク分析と食品安全委員会の役割
    梅津 準士
    水資源機構理事
    前食品安全委員会事務局長
    1.食品のリスク分析導入の背景
    日本における食品安全行政の再編成(食品安全基本法の制定とリスク分析の導入)は、近年における食品安全行政を取り巻く状況の変化を背景にしている。即ち、
    第一には、食品流通の広域化・国際化の進展、新しい危害要因の出現、遺伝子組み換え技術の開発など国民の食生活を取り巻く状況が大きく変化したこと。
    第二には、国内初のBSE発生(2001年9月)。輸入野菜の農薬の残留や国内での無登録農薬の使用など食の安全を脅かす事件が頻発したこと。
    第三には、分析技術が格段に向上した事に伴い、リスクの存在を前提に、これを科学的に評価し、管理すべきであるとする「リスク分析手法」と呼ばれる考え方が、国際的に一般化してきたことである。
    約1年間の準備期間を経て2003年5月に食品安全基本法が成立し、同年7月に食品安全委員会が設置された。 食品安全基本法においては、コーデックスなど国際的な食品安全に対する考え方を踏まえて、次のような考え方を重視している。
    第一に、国民の健康保護を最優先にすることが重要であること。
    第二に、科学的な根拠に基づいて安全性を確保すること。
    第三に、生産者、流通業者、消費者などの関係者相互間の情報交換や意思疎通を図る必要があること
    等である。更に農場から消費の段階に至るまでのそれぞれの段階で、常に当事者が安全性に配慮し、責任を果たしていくべき事が規定されている。 リスク分析とは、危害要因がヒトの健康に対して、どの程度の有害作用をどの程度の確率で起こすのか(リスク)を客観的、中立的、科学的に捉え、リスクの程度に応じた対策をとることである。
    2.食品安全委員会の役割
    このリスクの評価を行う為に設置されたのが食品安全委員会である。
    評価は、主に厚生労働省及び農林水産省の要請に基づいて行われる。
    食品安全基本法で、必ず委員会の意見を聞かなければならない場合が定められている。例えば、食品衛生法に基づく基準や規格の制定、農薬取締法に基づく規格の制定などがある。BSEについては、と畜前検査の月齢を定める場合などが該当する。委員会は要請によらずに、自らの判断でリスク評価を行うことも可能である。その例として、これまで日本におけるBSE対策に関する評価(2004年9月)及び、リステリアを含む食中毒原因微生物の評価があげられる。評価は内容に応じ、13の専門調査会で行われる。1つの調査会には10人~15人の専門家が参加している。現在(2006年1月19日)迄に、全部で473項目の評価の要請が行われ、そのうち208について評価を終了している。
    リスクコミュニケーションも役割の1つである。食品安全委員会のみならず厚生労働省、農林水産省、或いは地方自治体がシンポジウム、意見交換会、講演会など多様な形で行っている。特に、GMO、BSE、農薬など社会的な関心が強く、科学的な知見の共有が求められるテーマを中心に、これまで、200回以上の意見交換会、50回近い講演会が各地で行われてきている。
    3.リスクマネージメント
    現実のリスク管理は、主に厚生労働省、農林水産省及び地方自治体において行われる。
    リスク管理は、リスク評価結果のみに基づくものではなく、食生活の状況など食の全般的な実態を考慮して行われる。評価の結果を踏まえて、実施可能な手段の選択と、適切な安全性基準が決定されなければならない。その際、特にリスクの程度、コスト・ベネフィットの観点、技術的な実現可能性等が検討されることとなる。なお、評価を行う余裕のないような緊急時には、当然のことながら直ちに必要な規制措置等が行われる必要がある。
    4.今後の課題
    リスク分析は、制度としては導入されたが、必ずしも十分に定着してきているとは言い難い。
    1つには、「リスク」という概念が正確に理解されない事。リスク評価と現実のリスク管理の役割分担や、相互関係についても理解が浸透していないことなどがあげられる。新しい仕組みが、より一層現実社会に定着していく為には、次のような事が必要と考えられる。
    第一に、さまざまのリスクの早退比較を積極的に行い、全体として整合性のとれた安全性の水準を確保する事である。或る分野のリスク管理を極端に厳格に行い、別の分野について緩い対応になるといったアンバランスは合理的とは言えない。
    第二に、原則的に定量的なリスク評価を行うことである。疫学的なアプローチにより、化学物質以外についても或る程度のリスクの定量的評価は可能と考えられる。あるレベル以下のリスクは、実質的に無視しうると判断するデ・ミニミスという考え方も必要になる。
    第三に、この為には多様な分野の専門家の貢献が必要となる。とりわけ、疫学に関する知見は重要である。現実のリスク管理に当たっては、規制影響評価(RIA)やコスト・ベネフィット分析を行う専門家も必要となるかも知れない。
    第四に、こうした多少複雑な事柄を分かり易く伝える仲介者の役割は重要である。とくにメディアの分野においてリスク分析の視点が共通の理解となる事が有意義である。
14:00~14:403.食品衛生対策| 進行:渡部 終五(東京大学)
  • 熊谷進(東京大学)「日本における細菌性食中毒とその制御」
    要旨
    日本における細菌性食中毒とその制御
    熊谷 進
    東京大学大学院農学生命科学研究科
    獣医学専攻教授/獣医公衆衛生学
    第二次世界大戦後、食品衛生法の下に食中毒の報告のシステムが整ってからは、報告患者数は最初の数年間を除き毎年2~6万人で推移してきた。この間、死亡者数は年間数百万人から徐々に減少し、この約20年間は年間10人前後で推移している。この減少は、食品衛生の向上によるとともに、医療の進歩によるところが大きい。この約半世紀間、患者数に減少傾向が見られないが、これは食中毒病因物質の種類が漸次追加されてきたこともあって、報告される事例の割合が増加してきたことと、食品の製造流通規模の大型化に伴う大型食中毒事例の発生を反映したものと考えられる。
    食中毒起因細菌として1957年に発見された腸炎ビブリオは、沿岸海域に生息し海産魚介類を汚染することから、魚介類の生食が好まれるわが国において長きにわたり食中毒の主要原因物質であり続け、これがわが国の食中毒の特徴とされていた。しかし、1985年頃より漸減し、サルモネラが漸増したことによって順位が入れ替わり、1996年には、腸管出血性大腸菌O157の大型集団食中毒が相次いで発生するなど、従来の腸炎ビブリオ主体の日本型食中毒の形態が大きく変わってきた。
    サルモネラ食中毒の増加は、鶏卵のサルモネラ・エンテリティディス汚染の頻度が高まったことによる。この菌に産卵鶏が感染すると、鶏体内で卵の中に移行し、その結果鶏卵が汚染される。感染鶏が増え、その結果鶏卵由来の食中毒が増加したと考えられている。1998年に厚生省は、殻つき卵の期限表示について、①生食用または加熱用の区別、②生食用の消費期限、③製造者等を、また、液卵については、低温殺菌をしていない液卵を使用する場合の加熱等を義務付けた。この間、産卵鶏へのサルモネラワクチン接種など、生産者による農場における衛生対策も図られた。こうした措置によって1999年よりサルモネラ食中毒が減少してきたと考えられる。
    腸炎ビブリオ食中毒は、1992年までに減少してから再び1997年と1998年に増加した。この増加は東南アジアや米国においても同じ時期に増加が認められた血清型O3:K6による食中毒の増加を反映したものである。加熱後の冷却や魚介類の洗浄に沿岸海水を使用しないことの指導が行われ、生食用の魚介類食品に腸炎ビブリオ汚染に関する基準を設定することによって、衛生管理の指導強化が図られた、2000年より腸炎ビブリオ食中毒は減少した。
    以上、急増した食中毒細菌の制御に成功し、それら細菌による食中毒を減らすことができたと思われるが、その科学的裏づけは得られていない。今後も遭遇するであろう新たな食中毒に対してこの間の経験を活かすためには、対策の効果を科学的に検証する方法を構築する必要があるであろう。
  • エリック・スピンレル(INA PG)「伝統的発酵食品における微生物学的環境とリスク管理:ソフトチーズを事例に」
    要旨
    伝統的発酵食品における微生物生態系とリスク管理
    -ソフトチーズを事例に-
    エリック・スピンレル
    INA PG生物食品科学科教授/食品科学
    伝統的発酵食品において微生物生態系は数多くの機能を生み出している。
    発酵はもともとの原料の栄養価の一部を保つこともあるし、また栄養価を増すこともある。これによって、独特の味、質感、風味をもたらし、そして多くの場合に病原性バクテリアの繁殖も抑えている。伝統的には原料中の微生物叢が用いられてきたが、最近では発酵食品の性質をより良く管理するために選抜された微生物叢の利用が一般的になっている。
    選抜されたスターター(培養バクテリア)を植え付けるに際しては、少なくとも原料中にある元の微生物叢の繁殖を抑えるための衛生管理をしたりしなかったりする。チーズで通常見られる微生物種については、実験室において病原菌に対抗するある種のスターターの抑制作用が観察されてきた。しかしながら実際の製品においては、技術的かつ生物学的な制約によって、これらバクテリア族の抗菌性はあったとしても実験室ほどのものにはならないのである。
    改良されたPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法とシーケンス技術を組み合わせたリボソームRNAを利用することによる画期的な進歩は、細菌の多様性を評価するための信頼できる系統樹マーカーをもたらした。キャピラリー電気泳動法(SSCP)と組み合わせると、例えばチーズの熟成過程での細菌の多様性の変化を追うこともできるようになる。これらの分析技術によって複雑な生態系に関する研究は、工場に棲みついている微生物叢は製品において大量に植え付けられた微生物種よりも旺盛になっていることを明らかにしてきた(1)。これらのもともとの微生物種がもたらす技術的な制約へのよりよい適合は疑わしい。望ましいチーズ得ようとして10種の微生物だけに限った生態系にすると、おのおのの微生物は次々に追い落とされていったのである(2)。ある微生物族、特にイースト族が取り除かれてしまうと、望ましくない微生物を防ぐということも明らかにされている。
    (1) Feurer C., Vallaeys T., Corrieu G., Irlinger F. 2004, J. of Dairy Sci. 87 : 3189-3197
    (2)Bonaeti, C., Irlinger, F., Spinnler, H. E. & Engel, E. 2005, J. of Dairy Sci. 88: 1671-1684
15:10~16:304.私たちの健康を支える| 進行:佐藤 隆一郎(東京大学)
  • 加藤久典(東京大学)「栄養素の欠乏と過剰の今日的問題」
    要旨
    栄養素の欠乏と過剰の今日的問題
    加藤 久典
    東京大学大学院農学生命科学研究科
    応用生命化学専攻助教授/栄養化学
    わが国が超高齢社会へと進むなか、生活習慣病の予防の手段として食事摂取への配慮が益々重要になっている。国は健康日本21などの計画において、様々な啓蒙活動を進めているが、十分な効果は得られていない。例えば、食塩摂取の減少、カルシウム摂取の増加、野菜摂取の増加、脂質由来エネルギーの減少などを目標に掲げているが、これらはわが国の食事摂取の問題点を示している。
    各栄養素の摂取量の基準として、日本でも「食事摂取基準」が設定されており、欠乏や過剰による健康障害を予防する目的で、各栄養素の平均必要量、推奨量、目安量、上限量が定められている。また、生活習慣病の一次予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量として、「目標量」が11の栄養素に関して設定されている。
    一方、健康に対する関心の高まりに伴って、様々な栄養素をサプリメントの形態で摂取することも増えている。これにより、いくつかの栄養素に関しては、過剰摂取の問題を新たに考慮する必要が出てきた。上限量の設定については科学的な根拠が乏しい場合が多く、この分野の研究を発展させていくことが必要と思われる。新しい研究分野であるニュートリゲノミクスは、栄養素の摂取量についても新たな知見を提供できるものと期待される。また、栄養素の適正な摂取量については、個人差が大きいことが知られているが、個人の遺伝子の解析を進めることは適正摂取量の決定にも役立つと考えられる。
  • ダニエル・トメ(INA PG)「栄養摂取基準と食生活起因疾病との関係」
    要旨
    栄養標準と食生活起因疾病との関係
    ダニエル・トメ
    INA PG動物科学科教授/栄養学
    ①栄養標準の設定の検討を開始、
    ②科学的・経済的資源がしばしば制約されている途上国にも適用できる栄養強化プログラムのような公的臨床健康目標を確立するために国、地域、世界をカバーできる栄養摂取値の利用の共通基盤を提供、
    ③集団の特別な要望、目標、国家的政策に適合させるために既存の栄養摂取値をどのように修正するかを特定、
    ④規制および貿易問題への対処、を行っている専門家集団に共通の基盤もしくは背景を提供するには、栄養摂取値と食生活起因疾病の関連性の推計が必要である。
    栄養摂取値は、必須栄養素や人々の健康に関連する栄養素について定められている。
    栄養要求量の分布形を定義し、その分布形に影響を与える生物学的要素と環境要素を特定するための研究が必要である。
    栄養摂取量とは、「見かけは健康そうである」人々の要求量を提示している。長期間健康を増進させたり慢性病を予防したりするため、これには幅をもたせてある。理想的な基準についての以下の特性が利用されている:用量反応関数の実証値、単一栄養欠損への反応性、不適切・適切な摂取の急激な変化への耐性、様々な食べ物から栄養摂取以外の環境変化への無反応性。許容できる栄養の分布範囲は、炭水化物、脂質、タンパク質については定められている。食事中の炭水化物と脂質の総量に関する平均要求量を定めることは必要ないのだが、一方で窒素バランスのためのタンパク質や特定の必須脂肪酸の生体機能のための平均要求量を定めておくことは妥当である。栄養摂取値はビタミンやミネラルにも定められている。繊維質は人々の健康上重要だが、食餌の必須項目にはなっていない食品項目の一例である。
    平均的な要求量を推計するための基本的な枠組みは、定義された健康集団の特定の端点に関しての生物学的分布に基づいている。
    これが正規分布ならば、この集団の平均値が平均要求量となる。もし正規分布でないならば、データを変換した上でだが中央値が平均要求量となる。多くの場合、要求量の分布形が正規分布かそうでないかは分かっていない。栄養摂取値という用語は、様々な地域グループによって定められた摂取値と相似の諸結果の集合を包含するものであり、それには平均栄養要求量(ANR)と高位栄養水準(UL)を含んでいる。それ以外の第2の栄養摂取値となるのは、要求量について平均値から2標準偏差を差し引くことでANRから求めた低位食餌摂取基準(LRNIまたはLTI)(この値は全体の2%の人たちしかカバーしないので、過剰/不足の尤度を決定するために国によっては他の値(例えば5%や10%)を使いたがるかもしれない)、平均値に2標準偏差を加えてANRから求めた食餌摂取基準(推奨栄養素摂取量、推奨栄養所要量など)、そしてANRを設定するにはデータが不十分な時に利用される安全摂取量(AIと同じまたは安全摂取量の低い方の端点)である。
    集団摂取水準もある要素群については定められている。
    これらは同質的な集団の食事量の計画に利用される特別な栄養素の摂取水準である。集団摂取水準は栄養素要求量の変動と特定の集団の栄養素水準の変動とから求められる。最後に、例えば慢性的に下痢をしている児童や喫煙者など、特別な要求量をもつ副次集団について考える必要がある。特別な懸念をもつ人々は分けて考える必要があり、そしてもしも十分なデータが利用可能ならば栄養素摂取値は個別に設定されるかもしれない。
  • 八村敏志(東京大学)「食品によるアレルギーの誘発と抑制」
    要旨
    食品によるアレルギーの誘発と抑制
    八村 敏志
    東京大学大学院農学生命科学研究科
    応用生命化学専攻助教授/食品生化学
    アレルギーとは通常は無害な環境中の物質に対して免疫系が過剰あるいは異常に反応し、さまざまな症状を引き起こすことである。
    アレルギー発症の原因物質をアレルゲンといい、基本的にはタンパク質である。アレルゲンに特異的なT細胞、および抗体がアレルギー発症に関わる。この中で食物(食品)アレルギーは、食物・食品が原因のアレルギーで、乳幼児に多く、皮膚症状に加え、下痢、腹痛などの消化器症状が出やすいとされる。また、加齢とともに寛解しやすいと言われるが、その一方で、重篤なケースではアナフィラキシーショックを起こし、死に至る場合もある。食物アレルギーを引き起こす食物・食品は鶏卵、牛乳、穀類、豆類、野菜、果物、食肉、海産物等広範囲に及ぶが、日本においては鶏卵、牛乳、小麦の頻度が高い。アレルゲンの消化管における消化といった非免疫学的バリアー、さらに腸管免疫系との相互作用が発症の重要なポイントとなる。腸管免疫系においては、異物である食品に対して過剰な免疫応答が引き起こされないようアレルギー発症を防ぐ機構が存在し、これらを突破、回避したものがアレルギーを引き起こすと考えられている。
    こうした食物アレルギーによる健康危害発生防止の観点から、発症頻度が高い、あるいは症状が重篤になる卵、乳、小麦、そば、落花生の5品目を含む食品に対して、アレルギー物質の食品表示が義務づけられている。またこれら特定原材料に準ずるものとして、20品目の表示が推奨されている。遺伝子組換え食品の安全性に関しても、アレルギーへ影響が重要な観点の一つとなっている。遺伝子組換え食品において発現するタンパク質が新たなアレルゲンとならないように人工消化液における消化や加熱処理に対する感受性、既知のアレルゲンと相同性等について総合的に評価される。
    一方で最近、アレルギー抑制作用を有する食品成分が明らかになっている。乳酸菌等の微生物の摂取により免疫・アレルギー反応の調節が可能であることが明らかになってきた。また、有益な腸内細菌の増殖や活性を高めるオリゴ糖等の食品成分の作用も注目される。この他、ポリフェノール類やヌクレオチド等のアレルギー反応抑制効果が報告されている。
    今後食物アレルギーの発症機構、食品成分のアレルギー調節機構のさらなる解明により、アレルギーの観点から食の安全性をより高め、食によりアレルギーを制御することが期待できる。
  • 阿部啓子(東京大学)「機能性食品科学とニュートリゲノミクス」
    要旨
    機能性食品科学とニュートリゲノミクス
    阿部 啓子
    東京大学大学院農学生命科学研究科
    応用生命化学専攻教授/生物機能開発化学
    約20年前、私が所属する東京大学農学部食品分野に拠点を置いた文部省科研費重点領域研究班は、生活習慣病を防ぐ機能性食品のコンセプトを確立した(第一世代機能性食品科学)。この研究はNature (1993) に紹介されて以来、産・官・学での機能性食品科学研究の取り組みが世界的に活発化した(第二世代機能性食品科学)。
    その中心は、生活習慣病を低減させる機能性食品の効果の解明、バイオマーカーの開発と機能性食品の創出研究である。また、機能性成分の活性構造相関をシステマチックに解析する研究に高い関心が払われている。
    わが国では機能性食品を薬剤やサプリメントとしてではなく、日常の食品として、しかも長期間摂取するケースがほとんどである。したがって、成分の複合性、成分間相互作用、多機能性を十分考慮した評価システムが必要である。このためには、従来の生理・生化学的手法や分子・細胞生物学的手法では不十分で、総合的な解析手段が望まれる。
    21世紀に入り、ヒト・ゲノム計画が完了した。22,000の遺伝子をすべて解読したゲノム計画完了は、栄養学・機能性食品科学にも大きなインパクトを与えた。このような経緯で数年前、欧米で誕生したのがニュートリゲノミクスという新科学である。これは、機能性食品の効能効果をDNAレベルで根源的・網羅的に検証する新しい技術として急速に発展している。
    2003年、東京大学にイルシージャパン寄附講座「機能性食品ゲノミクス」が設立された。目的は、食品素材の生理機能を遺伝子発現プロファイルから解析することである。とりわけ、食品素材の効能の科学的根拠を産・学連携で研究している。
    本シンポジウムでは、ますます重要性を増すこの領域の誕生から現在までの経緯を紹介し、そして近い将来にやって来るであろう”第三世代”の機能性食品科学とニュートリゲノミクスを展望してみたい。
16:30~17:305.伝統的な食から近代的な食へ:2日目の議論に向けて| 進行:佐藤 隆一郎(東京大学)
  • 中嶋康博(東京大学)「わが国における食のトレンド」
  • ジル・バザン(INA PG)「フランスにおける食の変遷」
  • カトリーヌ・マリオジュルス(INA PG)「フランスのさかな:肉食を越えて」
18:00~20:006.パーティー
■ 第2日 「私たちの食はどこへ向かうのか」
9:00~9:401.食の社会的な側面| 進行:中嶋 康博(東京大学)
  • クロード・ウィスネ-ブルジョア(INA PG) 「社会学者からみたフランスの消費者と食の姿」
    要旨
    食習慣と食の見方:今、フランスで何が新しいか?
    クロード・ウィスネ=ブルジョア
    INA PG社会科学科助教授/社会学
    現代のフランスの食事、あるいは過去と比較しての食生活・食習慣の変遷について述べたい。伝統的な食習慣が失われ、食消費の個人化が進んでいるとはよく言われる。食に対する認識の変化の多くは、最近の健康危機に起因するというのが、通念になっている。
    しかし社会学の観点から見ると、より複雑な「食の不均衡」が浮かび上がってくる。
    まず、3つの大きな変化が挙げられる。
    より多くの食物が、食品加工業者により提供されるようになった
    生産者と消費者との隔たりが大きくなった
    何百年と自然がもたらしていた食の危険性が、今では社会が生み出していると考えられている
    人口動態上の変化もまた見逃せない。今の消費者は、40年前の消費者とは異なる。高齢化が進み、一人暮らしをする人が増え、子育てをしながら働く女性も多い。
    しかし、このことだけがかつての食習慣を乱したわけではない。フランス人10人のうち9人までは、1日3度の食事を摂っているし、食事は家で摂るというのが普通である。食事を共にするのは、いまだに家庭のシンボルである。民族調査によれば、この食習慣を保つためには日々の努力がなされているということであった。間食が増え、3度の食事は簡略化されていて、それは特に若い世代でそうである。歴史的に見ると、間食そのものは昔から存在していた。何が新しいのかというと、間食に対する二つの相反する態度である。つまり、供給者や市場からは間食が奨励され、一方で栄養学的・社会規範的な面からは非難されている。
    最近の健康危機が、食習慣に及ぼした影響はないと私たちは考える。しかし、人類学の観点から見ると、食物は、常に私たちに「魅力」と「疑い」を同時に喚起しているようである。新しい傾向としては、先にも言及したように、人々の食品加工プロセスと科学への信頼が、食の安心につながっていることを指摘できる。一方で、いわゆる”自然食”志向も高まっている。
    現在のフランスでは、食と健康との結びつきは、消費者にとっての関心事であるのと同様に、供給者サイドでも大きな位置を占めている。もっとも、古代ギリシャの時代から、食と健康とは切っても切れない関係にある。また、おいしいものを楽しく食べる、ということをフランス人はとても大切にしてきた。健康と美味とは矛盾しない。それは、国や地域で行われている公衆衛生プログラムを見ればわかる。
  • 木南章(東京大学) 「地域振興における食の役割」
    要旨
    地域振興における食の役割
    木南 章
    東京大学大学院農学生命科学研究科
    農業・資源経済学専攻助教授/農業経営学
    食をめぐる活動は地域を構成する様々な要素と密接に関連している。地域振興は単なる経済規模の問題ではなく、地域の持つ活力全体の問題であり、地域振興の面でも大きな可能性を持っている。そこで本報告では、都市農村交流、地産地消、食料産業クラスターを取り上げ、地域振興における食の役割について検討する。
    都市農村交流とは、「都市と農村との間で、お互いの魅力を享受できるような互恵的な関係を構築し、人・もの・情報が循環する状況を創出すること」である。グリーン・ツーリズムなどの取り組みは大きな経済効果も期待できるが、交流の中心にあるのは地域の食である。地域の食が充実していてこそ、都市農村交流が成功し、地域振興につながるという関係が見られる。
    地産地消は、単に地域の食材を消費するだけではなく、食材を通して人々の連携を築くことが重要である。農産物直売所の発展や学校給食への地場農産物の導入が進んでおり、生産者と消費者の顔が見える関係が、農家の所得の拡大、食生活の改善、食文化の保全などの様々な効果をもたらす。
    食料産業クラスターは、農産物や食品を中心として企業やそれに関連する企業等との間の競争・協力関係を形成し産業を発展させる新しい産業振興政策である。すでにいくつかの地域で導入され、成果をあげている。
    食をめぐる活動にも農業と同様には多面的機能があり、それらの役割を通じて地域振興が図られると考えられる。地域振興には経済性、社会性、環境性の3つの機能からなる持続可能性が求められる。これらの機能が優れていることと、3者のバランスがとれていて、地域や時代の要請に応えてこそ、地域の持続的な発展へとつながるのである。
    報告で取り上げた3つの事例は、いずれも食が生み出すネットワークの事例であ るということができる。都市農村交流は文字通り都市・農村間のネットワークで あり、地産地消は生産者・消費者間のネットワーク、そして食料産業クラスター は産業内・産業間のネットワークである。食のネットワーク機能を生かすこと が、地域振興における食の役割の本質であると考えられる。
9:40~10:202.食品安全をめぐる危機管理対策| 進行:中嶋 康博(東京大学)
  • ベロニーク・ベルマン(国立獣医学校)「専門家グループによる食品クライシスマネジメント:2001年欧州における口蹄疫の経験から」
    要旨
    専門家グループによる食品クライシスマネジメント
    2001年欧州における口蹄疫の経験から
    ベロニーク・ベルマン
    (フランス国立獣医学校所長)
    2001年にEUで起こった口蹄疫(FMD)の危機を衛生危機の一例として選んだのは、最近の出来事であり、そして口蹄疫が動物間で最も伝染性の高い伝染病の一つであるからである。
    2001年、EUはワクチンを利用しない口蹄疫清浄地域であった。この疾病はイギリスからフランスへ至り、オランダへと拡大した。
    フランスは中央集権国家である。100の地方行政機関(県)の知事が首相の名の下に行政(動物衛生局も管轄下にある)を司っている。この口蹄疫の危機に際し、首相は、警察、建設、軍隊を含め、関連する行政部局をすべて動員できた。これにより、中央でなされた「危機管理」計画における決断が、遅延なく実行に移されたのである。民間の関係者―民間の獣医師(「衛生委任」を受け)、農業団体、食品業者など―も、これまでも行政部局の代わりになったり、あるいは官・民と協調して働いたりしてきたので、よく連携してことにあたった。
    動物衛生ならびに食品に関する規制は、EUの中では最も統一のとれたものの一つである。加盟国間の調整は定期的に行われている。口蹄疫のような重要な危機局面では、その調整がさらに密に行われる。おもな措置は、特別委員会の枠組みの中で決定される。
    2005年に新しい規則が施行された。事業者は製品の品質に対して全責任を負う。彼らは、当局の監視の下で、欠陥のあり得る製品を回収しなければならない。
    透明性はEUの枠組みにおいて重要な概念である。緊急警報システムが、自国あるいは他の加盟国で発生した食品問題をすべての関係者に伝達することになっている。重大な危機は、欧州委員会と即時応答しながら管理されている。
  • 高野瀬忠明(雪印乳業)「安全・安心」を向上させるために-企業が取り組むリスクマネジメントとリスクコミュニケーション-」
    要旨
    「安全・安心」を向上させるために
    -企業が取り組むリスクマネジメントとリスクコミュニケーション-
    高野瀬 忠明
    雪印乳業株式会社
    代表取締役社長
    ふたつの事件に対する経営者としての認識は、食中毒事件は食品メーカーの基本である「安全・安心」の問題であり、食肉偽装事件は企業人としてあるまじき違法行為である。ふたつの事件を拡大させたのが、対応のまずさである。
    ふたつの事件により、会社存続の危機に陥った雪印乳業は、「企業倫理の徹底」と「品質保証の再構築」、そして「危機管理体制の構築」が不可欠だった。「経営トップの強い意志とリーダーシップ」と「悪い情報ほど早くトップに伝わる風土の醸成と仕組みの構築」を基本として、種々の取組みを行なってきた。
    具体的取組みの概要は、「企業倫理の徹底」では、「社外の視点の導入」と「風土改革」であり、そのために、(1)社外取締役の招聘と企業倫理委員会の設置(2)全員参加での「雪印乳業行動基準」の策定(3)事件を風化させない活動の実施(4)ふたつのホットラインの設置 を実践してきた。
    次に、「品質保証の再構築」では、ISO9001・HACCPの考え方を取り入れた厳格な基準を設け、一連のプロセスを複眼によりチェックと検証し、改善を図っていく、全員参加型の独自の品質保証システムSQSの仕組みづくりに取り組んできた。
    そして、「企業倫理の徹底」と「品質保証の再構築」に共通する「危機管理」では、お客様からの情報を含め、リスク情報が365日迅速に経営に正確に伝わり、対応できる体制を取っている。
    過去の事件を反省し、再び社会から信頼される会社となるために、企業体質の変革に取り組んできた雪印乳業は「問題解決(対応)型」から次のステージに移ろうとしている。それは、「お客様の声を経営に反映する」、まさに「消費者重視の経営」である。「消費者重視の経営」の根幹となるものは、「透明性の確保」と「情報開示」と考えている。
    (参考資料)
    「雪印乳業行動基準」
    「新生 雪印乳業の歩み 2002~2004 活動報告書」
休憩
10:50~12:503.【 パネルディスカッション 】 私たちが食に求めるもの
【第1部】食の安全・安心をめざして
要旨
第1部 「食の安全・安心をめざして」
生源寺 眞一(司会・東京大学):
今回のディスカッションでは、
論点1:食の安全・栄養についての、消費者、企業、生産者、政府の対話・コミュニケーション
論点2:食の安全・栄養について、大学や研究機関に求められるもの、専門家教育に寄せる期待
以上2点について、議論を交わしたいと思います。
そして、専門家・研究者だけでなく、「産学官民」の対話のきっかけづくりをめざします。
まずは、今回初めて壇上に上がられる方に自己紹介をお願いします。
神田 敏子(全国消費者団体連絡会):当会は、日本の消費者団体のほとんど(43団体)が会員になっていて、創立50周年を迎えます。
法律関係を中心に、さまざまな消費者問題を扱ってきました。食の問題は、創立当初より大きな問題で、ここ数年はBSEを頻繁に扱っています。

西郷 正道(食品安全委員会):食品安全委員会事務局で、リスクコミュニケーションを担当しています。
委員会は、できて2年半たちました。いろいろな食の問題が起き、食品安全行政の中で、リスク評価とリスク管理とが分担されることになり、主に前者を担当するのが食品安全委員会です。食品健康影響評価のほか、リスクコミュニケーション、緊急時対応が委員会の主業務として挙げられます。

吉川 泰弘(東京大学):農学部の獣医専攻で、実験動物学と毒性学の二つの講義をしています。
獣医学に所属していますが、動物よりもヒトをゴールにした学問を引き受けています。厚生省の厚生審議会で、動物由来の感染症について、法律の整備を含め担当してきました。BSEにも労力を費やしています。BSEのリスク評価については、日米の問題も含めて、消費者に伝えるむずかしさを痛感しています。

ブノワ・ショヴェル(日仏貿易(株)):加工食品をフランス、イタリアなどから輸入しています。
日本市場にプラスになるもの――有機食材や海水から作った食塩など――を輸入するよう努めています。栄養、健康といった観点からのコミュニケーションも仕事の一つです。

生源寺:ではディスカッションに入りましょう。
最初の論点は「リスクコミュニケーション:消費者・企業・政府・専門家の対話」ですが、まず消費者の立場から、神田さんお願いします。

神田:日本では対話がここ数年ようやくできるようになってきました。
食品安全行政の組織が改善され、リスクコミュニケーションについて語り合える場ができています。社会のあり方、行政のあり方は改善されています。しかし、「対行政」の対話がある一方で、ステークホルダー同士の、横の対話ができていません。そこを改善することで、消費者の安心も広がるでしょう。

西郷:リスクコミュニケーションは食品安全委員会ができる前にもあったでしょうが、制度的にリスクコミュニケーションをしなければならなくなったのは最近のことかもしれません。
ほとんどすべての専門家の調査・審議が公開で行われています。科学者の議論が公開で行われているのは世界でもめずらしいのではないでしょうか。リスクコミュニケーションは、意見交換会を中心に行っています。2年半に207回の意見交換会が行われ、その半数近くがBSE関連です。それで本当に対話ができているか、というとそうとも言えません。BSEなどは対立が深まる一方です。専門家が伝えたいことと、消費者が知りたいことが一致していない、とも言えます。
政府機関の責務は、意見交換の場の提供、情報提供、専門家への意見伝達などですが、神田さんが仰るとおり、ステークホルダー間の意見交換も行われなければなりません。

ベロニーク・ベルマン(フランス国立獣医学校):現在フランスには、日本の食品安全委員会にあたるものとして、食品衛生安全庁(AFFSA)があり、リスクの科学的評価をしています。
もう一つ、食品審議会(Conseil National de l’Alimentation)という組織があります。これは行政、消費者、流通業者、企業、科学者からなります。定期的に会合が行われ、議論が行われます。フランスあるいはEUレベルの規制については、科学者の意見だけでなく、消費者の意見も取り入れます。

吉川:日本の食品安全委員会は、国際的なリスク分析の中で述べられているリスク評価機関としての役割は果たしています。しかし、わが国の食品安全基本法に書かれている食品安全委員会の役割はそれとはちょっと違っています。そこが悩みの種ではないでしょうか。
消費者は、リスク管理と対向するものとして食品安全委員会を見ています。間接的にリスク評価機関がリスク管理機関をコントロールすべきであるという要望があるのです。リスク管理機関も、リスク評価側に責任を任せがちです。食品安全委員会は評価者としてだけでなく、それにプラスアルファを求められています。
「管理」と「評価」の役割を明確にすべきだという議論は盛んにされているが、なかなかむずかしい。ステークホルダーがきちんと審議会をもって、いろいろな立場の意見をまとめてリスク管理に生かしていく、というシステムができていません。もちろん、ステークホルダーそれぞれの立場に利害関係がありますから、平行線をたどることになります。それをどうハーモナイズしていくかが課題です。国内ならまだしも、今回の日米のBSE問題のように、考え方もシステムも違う中でのハーモナイズはむずかしい。
フランスと日本はハイエラキーができているが、アメリカはボトムアップ。アメリカはトライアル&エラーだが、日本は法律も遵守も無謬性を基本においてきます。そのハーモナイズは容易ではありません。たてまえ論でないところでのディスカッションが必要です。

生源寺:食のビジネスに視点を移しましょう。

ショヴェル:10年前から日本にいるが、外国人の目から日本を見た感想を述べます。
EBCというフードコミッティのメンバーとして、食の安全について議論しています。BSEについていえば、科学的な基礎知識を消費者はもっていないので、科学的観点からのコミュニケーションはむずかしい。日本では、完全に安全なものとして食べてもらうか、まったく食べさせないか、いずれかに偏りがちです。本来の解決は中間地点にあるのではないでしょうか。リスク評価についていろいろな段階があるはずなのに、一つか二つしか策がとられていないようにも見えます。
日本はカロリー成分のうち60%を輸入しています。他国で認められているのに、日本で認められていない成分もあるわけですが、こうした成分を含む製品については、リコールするか、その成分を取り除くか、この二つの方法しかとられません。そこで私としては、対応の仕方への、段階づけを提言しています。

高野瀬 忠明(雪印乳業):メーカーの立場から言うと、お客様への対応と消費者への対応とは異なります。私どもの商品を買っていただくお客様への責務はもちろんありますが、その方たちを越えた消費者一般に対しても消費者基本法の定めに基づいた事業者の責務があるのです。そういう観点から、表示などもきちんとしなければなりません。表示は、消費者との大きな対話の場です。酪農乳業界として消費者との対話やリスクコミュニケーションをどうするかはわかっているつもりですが、業界を越えて全体を見るということになると、やはり行政の支援は欠かせません。
新たな動きという点では、地産地消ということでいえば、北海道の酪農は、広大な地域に点在していますが、個々の酪農生産者は消費者に近づきたいという要望があります。それに対して我々がどう動けるのか、というのはまだ試行錯誤の段階です。

ダニエル・トメ(INA PG):政府、業界、企業それぞれが役割をもっていますが、そこに公的なルールを設けていく必要があります。健康を守るのが第一義ですが、経済的な機能も重要です。
そのバランスをとらなければなりません。あとはコミュニケーション、これはむずかしい。とくに栄養や健康についてのコミュニケーションは容易ではありません。
企業にとって重要なのは経済利益です。企業からの消費者に対するメッセージは、それが栄養学的には望ましくないとしても、マーケット優先でのメッセージが伝えられがちです。消費者とのコミュニケーションのためにも、それなりの公的予算が必要になります。

エリック・スピンレル(INA PG):特定、評価、対処という三つの役割を考えた場合、特定、評価は科学者が行います。対処はコミュニケーションの要素が強く、ここに行政や企業も入ってきます。
コミュニケーションの側面から科学者が手を引きすぎているのではないでしょうか。リスクの対処の仕方において、危険の特定と特徴付けの面から科学者は前面に出なければなりません。口蹄疫では、効果的な対処がされました。BSEはリスク評価がむずかしい。微生物にかかわる危険の特定は、かなりよくできるようになっています。微生物の評価の手法も確立しています。
これに対して、ケミカルな問題・生物学的な危険・アレルギーについては評価の手段が確立していません。新しい酵素・遺伝子組み換えについては、これから15年たって危険が特定されるかもしれないのです。こういった評価・特定の問題についてのコミュニケーションは簡単ではありません。

生源寺:次に、大学や研究機関に対する注文・要望をお聞かせ下さい。

神田:消費者との距離が遠いと感じます。もっと身近になってほしい。
専門のところで力を発揮してくれるのはけっこうだが、私たちが困ったときに窓口になっていただいたり、問題に対する研究の成果なども伝えてほしいと思います。今までは結論だけをつきつけられてきましたが、それだけでなく、プロセス・現状も知りたい。そういうところに、科学者・研究者に入ってきていただければと思います。また勉強会をするとき、講師を紹介したいときもあるので、アクセスしやすいようにしてほしい。
食育については、学校には古い情報しか届いていない場合が多いので、新しい情報が現場に届くシステムを確立していただきたいと思います。

高野瀬:メーカーの立場で言えば、研究開発→生産→流通というプロセスの中での大学とのつながりは、研究開発の部分でした。
これからは、生産現場にも来ていただき、メーカー全体のプロセスの中でかかわってほしいと思います。企業にどんどん入っていただき、異業種間でのネットワークも広がればよいと思います。

ベルマン:かつての行政では、たとえば農業省の中で、科学者は自分の専門の研究だけをしてきました。
リスク評価については、もっと全体的な、広い視点をもつことが必要です。食育についていえば、料理人が食育をすると子供にはわかりやすく、喜ばれています。

スピンレル:専門家の立場はむずかしい。
もっている知識以上のことを期待されがちだからです。研究の社会性を増すための連携は進んでいると思います。

吉川:大学は、自然科学でいえば純粋科学を重視してきました。
「食の安全」はその対極テーマです。複雑系で、不確定です。このような従来にない分野について人材育成をしていくのは、将来にわたる大きなテーマだろうと思います。

神田:スピンレルさんの仰るとおり、すべてのことをある専門家に期待するようなかかわりかたには注意しなければなりません。
【第2部】より豊かな食を楽しむには
要旨
生源寺:
第二部は、「より豊かな食を楽しむには」というテーマでのディスカッションです。
論点は二つ:
食文化・伝統的な食生活をいかに次世代に引き継ぐか
食生活と農業・漁業との関係
です。まずはやはり、初めて壇上に上がられる方に自己紹介をお願いします。

岩田 三代(日本経済新聞):日本経済新聞・生活情報部で編集委員をしております。
日本経済新聞の発行部数は、朝刊が300万部強、夕刊が165万部ほどです。生活情報部では、消費者の視点から見た生活・食とは何か、という視点で、20年ほど携わってきました。
私自身は、女性の労働問題のほか、食への関心も高く、食の安全・食生活の変化、食を支える第一次産業などの取材にかかわってきたほか、農業問題・食文化の会議にも出席させていただいております。

河野 一世((財)味の素食の文化センター):「地球的な視野に立ち、食と健康、そして明日のよりよい生活に貢献する」――これが味の素グループの基本理念です。
味の素グループは、国内12,000、国外18,000、合計3万の従業員を抱えています。食の文化活動を始めたのが30年前。味の素(株)創業70周年の記念事業として立ち上げ、現在に至っています。以来、食の文化研究の支援と普及の二本柱でやってきました。当初はまだ食の文化という言葉すらなかった時代です。そこで世界中からさまざまな分野の研究者や料理人を招いてシンポジウムを開き、食を文化として考えるための課題を抽出し、今の食の文化フォーラムに引き継いでいます。
お配りした『食文化マップ』をご覧になればわかるように、扱う分野は広範です。最近扱ったテーマは、「食と教育」「飢餓」「食と科学技術」「食と大地」「食とジェンダー」等々。自然科学的手法ではなく、主観的方法論で、比較分析的手法をとりつつ、歴史をひもとき、心理学的な問題も扱いながら、食文化を考察していきます。また食の文化ライブラリーとして食に関する蔵書を5万冊ほど配架し、皆様にご利用いただいています。

生源寺:食文化の継承について、フランスの方から。

クロード・ウィスネ=ブルジョア(INA PG):継承できていない、事態が悪化している、料理のアメリカ化が進んでいる、という言説もあるが、プラス視できる要素も少なくありません。
社会学的調査によると、少なくとも家庭では、伝統的な食べ方をしています。若者は外に出ると、家庭とは違う変わったものを食べたがりますが、自分が世帯をもつようになると、母親に電話をして家庭料理を身につけようとします。また、フランスで最も売れている雑誌は、テレビ、健康、料理を扱ったものです。レシピを学びたい人が多いのです。さらにフランスでは、地方レベルで独自の食育の動きが見られます。たとえば果物を再評価し10種類ものりんごを食べたり、シェフのグループが学校に来て給食では見られない料理を作ったり。それから20年前から「味の授業」を、年間15時間ほど行っていて、成果を上げています。そこでは、味覚に関して、子供が認識できる数を増やそうという教育を行っています。

カトリーヌ・マリオジュルス(INA PG):私の専門である水産物の例を挙げます。
食文化が伝わらない、料理が伝わらない、それは世代の違いなのか、年齢の違いなのか、という問題ですが、水産物でいうと、若いうちは購入できない。それは財政的な理由からです。
30代、40代になると、昔食べなかったものを食べるようになります。そうした味覚の嗜好の変化には、所得額も影響しています。

ジル・バザン(INA PG):私の経験談を一つ。
学生食堂で学生たちと食事を共にするのですが、まずくて、食材のレベルも調理もよくありません。これはフランスの大学食堂では一般的です。そこで学生たちはファーストフードを買ってしまいます。ファーストフードはジャンクフードともいって、健康にあまりよいとはいえません。
さて、EUの共通農業政策は、大規模な政策だが、概してその予算は非常にまずく使われています。しかしその予算の一部を利用して、学校などで品質の高い農産物を扱おう、そうしてその市場を広げよう、という動きがあります。現在25~50歳の就労者の半数はいわゆる給食を食べているが、そこに共通農業政策の予算を回して、いい素材を使ってもらうという動きです。

ショヴェル:外国の食品を加工して販売する仕事の中で、食品にレシピを付すなどして文化も伝えようとしています。日本の食文化のすばらしさは、他国の食文化を受け入れる寛容性にあります。
日本の食生活において、ここ30年ほど米の消費が減っています。それは、米に代わるほかのものを食べるようになっているからです。にもかかわらず、日本料理は固有性を保っています。スパゲティでも、日本でしか食べられないものがあります。

生源寺:今のお話をうかがって、1年ちょっと前に亡くなられた、キッコーマンの吉田節夫さんの言葉を思い出しました。「食生活はずいぶん変わったけれども、文法は変わっていない。
ボキャブラリーは代わったけれども、文法は変わっていない」ということを仰っていました。今のショヴェルさんのお話につながるように思います。次に、日本の方からお話をうかがいましょう。

岩田:山形県の鶴岡で、鱈のどんがら汁というものを取材してきました。
こういう日本にずっと伝わってきたものを食文化というのか、それとも欧米の影響を受け、カレー、チャーハン、スパゲティを含めたものを食文化というのか、そこが判然としません。
さて、内閣府が日本の食はブランドになるということで、対外アピールを盛んにしているが、内側の空洞化が進んでいるという指摘もされています。お箸の持ち方、お茶碗の持ち方一つをとっても、また親から子へきちんと日本料理が伝わっているかという点でも、心もとない現状があります。若者は食事よりも携帯電話のほうによりお金をかけているとか、冷蔵庫を開けたら水だけ、結婚したのに包丁もまな板もない――たしかに波頭ばかりを注目しているのかもしれません。しかし、私たちの食生活は豊かになりましたが、今後食文化を引き継げるかどうかは待ったなしの状況にあるのではないでしょうか。海外の知恵を入れて日本流にこなして食べるのも一つだが、食文化とは、風土、歴史、先人たちの知恵などが詰まった大きな文化だとすれば、それを残す努力も大切だと思います。
最近、江戸前の食文化に関心が高まっています。グローバル社会の中で、固有の文化に対する注目が集まっているのです。まずはそうした固有の食文化がある、それを食べてもらう、そして作ってもらう、そのために食文化と読者との間のインタープリターとしての役割を担うのが我々マスコミではないかと思います。インタープリターとしての役割は、「食の安全」のテーマのディスカッションでも述べておきたかったことです。

河野:最近の事例を一つ紹介します。鰹節のだしについて、いろいろな角度からスタディしてみました。
研究者をはじめ、漁業に携わっている人、鰹節を作っている人、販売している人、さまざまな実践者にも参加してもらい、5回にわたってフォーラムを行いました。鰹節づくりの起源はモルジブと言われています。日本でもほぼ同時発生的に鰹節が作られています。モルジブの鰹節はスリランカに輸出され、スリランカでは今でもカレーに鰹節のだしを入れています。
日本は、とくに江戸時代、ナマの魚を食べるために用いられたいり酒に、鰹節が盛んに用いられました。また、鶏のだしでとったスープと鰹だしのスープとを、中国人と日本人で嗜好性と呈味性の比較をしたところ、中国人は鰹だしのスープを好みませんでした。そして日本で用いられている鶏のスープは、じつは鰹だしに非常に近い成分であることも判明しました。このように、歴史的・比較的に考察することで、日本固有の食文化というものが鮮明になってきます。日本が誇る、日本の食文化の中核をなす「だし文化」を世界に発信する前に、私たち日本人がきちんと継承していきたいという思いで活動をしています。

神田:消費者団体では、「食文化の継承」という取組そのものはありませんが、日常的な食の安全、表示、地産地消の問題をとりあげることで、食文化につながっているのだろうと思います。
日本は南北に長く、周りを海に囲まれているので、豊かな食材があるはずです。それが流通経路が充実したことで、食が画一してきたように見えます。たとえば大根は、最近ではあおくび大根とか決まった種類しか眼にしませんが、かつては日本に100種類もあったといいます。今また、いろいろな大根が出てきている、そういう動きもあるようです。やはり画一的なものだけでなくて、いろいろ掘り起こしていくとよいと思います。食育という面でも、郷土食、伝統食が重視されているので、そういう面からも広がりが期待できます。
食文化というと、何でも古ければよい、という傾向があるので、それは気をつけなければなりません。いいものは引き継いでいく。一方で、その時代、その時代で文化は創っていくものでもあります。私たちの暮らしのあり方・仕事のあり方に応じた、食生活の中身が考えられるべきだと思います。私たち消費者団体のできることは、情報提供・発信、企業との信頼関係のための働きかけ、専門家とのネットワーク作りなどです。よりよい食生活・食文化をつくるための社会作りに取り組むのが、私たちの役割だと考えます。

マリオジュルス:フランスではさまざまな職業関係のグループ、団体が公的機関の援助を受け、食品の伝統的価値、料理のノウハウ、栄養のバランスをアピールしています。
たとえば肉に関する委員会は、肉の安全性、調理方法、栄養などについての情報伝達に努めています。水産物についていえば、業界団体、公的機関が、食べておいしい、さらに栄養価も高いというメッセージを発信していますし、海産物の生産者が夏休みを利用して、海で試食会を設けたりもしています。エコツーリズム、グリーンツーリズムはフランスでも盛んで、食の加工産業を訪問するといったこともあり、国民の興味・関心を惹いています。そうしたことを通して、食について幅広く、全体的な見方をしたうえで、伝承を考えるとよいのではないでしょうか。

ウィスネ:神田さんが仰ったことにまったく賛成です。伝統的な文化をいかに伝えるか、ということも大事ですが、「なぜ」伝えるか、ということも考えなければなりません。
伝承すべきものは選択してもよいのです。伝統は常に変わっています。今のフランスのシェフたちは、日本に一度来て、日本料理を体験したほうがよいと言われています。フランス料理だからといって、フランスの伝統だけがすべてではありません。

バザン:シェフはみんな知っているように、素材がよくなければおいしい料理は作れません。
フランスの農業生産者たちは、かつては品質よりも量を重視してきました。今日では、特定の市場をターゲットに定めて生産しなければならなくなっています。「多様性」と「品質」がキーワードです。フランスでは10年前には有機栽培はありませんでした。現在はそれが拡大しているが、これは消費者からの需要があるからです。

生源寺:二つ目の論点である「食生活と農業・漁業との関係」は別の機会にとっておきたいと思います。
本日はありがとうございました。
12:50~13:004.閉会挨拶
  • 生源寺眞一(東京大学
たくさんのご来場ありがとうございました。 ご意見・感想・ご要望などございましたら産学官民連携室までお寄せ下さい。