ACT2開催レポート
日本・フランスで食のシンポジウム開催
【3月2日(木)3日(金)/東京大学農学部 弥生講堂一条ホール】
アグリコクーン食の安全・安心フォーラムグループ主催の、日仏国際シンポジウムが2日間にわたり開催されました。 消費者、マスコミ、企業、行政、研究者が日本、フランスから集まり、 開催テーマ「成熟社会の食の行方 -日本とフランスの対話- 」についての研究報告、意見交換が行われました。 また、2日間の日程中にはコーヒーブレイクや小さなパーティが盛り込まれ、来場者の皆さんと発表者との活発な意見交流の場が生まれました。多くのご来場ありがとうございました。
■ 第1日 「食の安全への懸念」 | ||
12:45~13:00 | 1.開会挨拶| 進行:中嶋 康博(東京大学)
| |
13:00~14:00 | 2.食品安全政策とリスクアナリシス| 進行:局 博一(東京大学)
| |
14:00~14:40 | 3.食品衛生対策| 進行:渡部 終五(東京大学)
| |
15:10~16:30 | 4.私たちの健康を支える| 進行:佐藤 隆一郎(東京大学)
| |
16:30~17:30 | 5.伝統的な食から近代的な食へ:2日目の議論に向けて| 進行:佐藤 隆一郎(東京大学)
| |
18:00~20:00 | 6.パーティー | |
■ 第2日 「私たちの食はどこへ向かうのか」 | ||
9:00~9:40 | 1.食の社会的な側面| 進行:中嶋 康博(東京大学)
| |
9:40~10:20 | 2.食品安全をめぐる危機管理対策| 進行:中嶋 康博(東京大学)
| |
休憩 | ||
10:50~12:50 | 3.【 パネルディスカッション 】 私たちが食に求めるもの 【第1部】食の安全・安心をめざして 要旨
第1部 「食の安全・安心をめざして」
生源寺 眞一(司会・東京大学): 今回のディスカッションでは、 論点1:食の安全・栄養についての、消費者、企業、生産者、政府の対話・コミュニケーション 論点2:食の安全・栄養について、大学や研究機関に求められるもの、専門家教育に寄せる期待 以上2点について、議論を交わしたいと思います。 そして、専門家・研究者だけでなく、「産学官民」の対話のきっかけづくりをめざします。 まずは、今回初めて壇上に上がられる方に自己紹介をお願いします。 神田 敏子(全国消費者団体連絡会):当会は、日本の消費者団体のほとんど(43団体)が会員になっていて、創立50周年を迎えます。 法律関係を中心に、さまざまな消費者問題を扱ってきました。食の問題は、創立当初より大きな問題で、ここ数年はBSEを頻繁に扱っています。 西郷 正道(食品安全委員会):食品安全委員会事務局で、リスクコミュニケーションを担当しています。 委員会は、できて2年半たちました。いろいろな食の問題が起き、食品安全行政の中で、リスク評価とリスク管理とが分担されることになり、主に前者を担当するのが食品安全委員会です。食品健康影響評価のほか、リスクコミュニケーション、緊急時対応が委員会の主業務として挙げられます。 吉川 泰弘(東京大学):農学部の獣医専攻で、実験動物学と毒性学の二つの講義をしています。 獣医学に所属していますが、動物よりもヒトをゴールにした学問を引き受けています。厚生省の厚生審議会で、動物由来の感染症について、法律の整備を含め担当してきました。BSEにも労力を費やしています。BSEのリスク評価については、日米の問題も含めて、消費者に伝えるむずかしさを痛感しています。 ブノワ・ショヴェル(日仏貿易(株)):加工食品をフランス、イタリアなどから輸入しています。 日本市場にプラスになるもの――有機食材や海水から作った食塩など――を輸入するよう努めています。栄養、健康といった観点からのコミュニケーションも仕事の一つです。 生源寺:ではディスカッションに入りましょう。 最初の論点は「リスクコミュニケーション:消費者・企業・政府・専門家の対話」ですが、まず消費者の立場から、神田さんお願いします。 神田:日本では対話がここ数年ようやくできるようになってきました。 食品安全行政の組織が改善され、リスクコミュニケーションについて語り合える場ができています。社会のあり方、行政のあり方は改善されています。しかし、「対行政」の対話がある一方で、ステークホルダー同士の、横の対話ができていません。そこを改善することで、消費者の安心も広がるでしょう。 西郷:リスクコミュニケーションは食品安全委員会ができる前にもあったでしょうが、制度的にリスクコミュニケーションをしなければならなくなったのは最近のことかもしれません。 ほとんどすべての専門家の調査・審議が公開で行われています。科学者の議論が公開で行われているのは世界でもめずらしいのではないでしょうか。リスクコミュニケーションは、意見交換会を中心に行っています。2年半に207回の意見交換会が行われ、その半数近くがBSE関連です。それで本当に対話ができているか、というとそうとも言えません。BSEなどは対立が深まる一方です。専門家が伝えたいことと、消費者が知りたいことが一致していない、とも言えます。 政府機関の責務は、意見交換の場の提供、情報提供、専門家への意見伝達などですが、神田さんが仰るとおり、ステークホルダー間の意見交換も行われなければなりません。 ベロニーク・ベルマン(フランス国立獣医学校):現在フランスには、日本の食品安全委員会にあたるものとして、食品衛生安全庁(AFFSA)があり、リスクの科学的評価をしています。 もう一つ、食品審議会(Conseil National de l’Alimentation)という組織があります。これは行政、消費者、流通業者、企業、科学者からなります。定期的に会合が行われ、議論が行われます。フランスあるいはEUレベルの規制については、科学者の意見だけでなく、消費者の意見も取り入れます。 吉川:日本の食品安全委員会は、国際的なリスク分析の中で述べられているリスク評価機関としての役割は果たしています。しかし、わが国の食品安全基本法に書かれている食品安全委員会の役割はそれとはちょっと違っています。そこが悩みの種ではないでしょうか。 消費者は、リスク管理と対向するものとして食品安全委員会を見ています。間接的にリスク評価機関がリスク管理機関をコントロールすべきであるという要望があるのです。リスク管理機関も、リスク評価側に責任を任せがちです。食品安全委員会は評価者としてだけでなく、それにプラスアルファを求められています。 「管理」と「評価」の役割を明確にすべきだという議論は盛んにされているが、なかなかむずかしい。ステークホルダーがきちんと審議会をもって、いろいろな立場の意見をまとめてリスク管理に生かしていく、というシステムができていません。もちろん、ステークホルダーそれぞれの立場に利害関係がありますから、平行線をたどることになります。それをどうハーモナイズしていくかが課題です。国内ならまだしも、今回の日米のBSE問題のように、考え方もシステムも違う中でのハーモナイズはむずかしい。 フランスと日本はハイエラキーができているが、アメリカはボトムアップ。アメリカはトライアル&エラーだが、日本は法律も遵守も無謬性を基本においてきます。そのハーモナイズは容易ではありません。たてまえ論でないところでのディスカッションが必要です。 生源寺:食のビジネスに視点を移しましょう。 ショヴェル:10年前から日本にいるが、外国人の目から日本を見た感想を述べます。 EBCというフードコミッティのメンバーとして、食の安全について議論しています。BSEについていえば、科学的な基礎知識を消費者はもっていないので、科学的観点からのコミュニケーションはむずかしい。日本では、完全に安全なものとして食べてもらうか、まったく食べさせないか、いずれかに偏りがちです。本来の解決は中間地点にあるのではないでしょうか。リスク評価についていろいろな段階があるはずなのに、一つか二つしか策がとられていないようにも見えます。 日本はカロリー成分のうち60%を輸入しています。他国で認められているのに、日本で認められていない成分もあるわけですが、こうした成分を含む製品については、リコールするか、その成分を取り除くか、この二つの方法しかとられません。そこで私としては、対応の仕方への、段階づけを提言しています。 高野瀬 忠明(雪印乳業):メーカーの立場から言うと、お客様への対応と消費者への対応とは異なります。私どもの商品を買っていただくお客様への責務はもちろんありますが、その方たちを越えた消費者一般に対しても消費者基本法の定めに基づいた事業者の責務があるのです。そういう観点から、表示などもきちんとしなければなりません。表示は、消費者との大きな対話の場です。酪農乳業界として消費者との対話やリスクコミュニケーションをどうするかはわかっているつもりですが、業界を越えて全体を見るということになると、やはり行政の支援は欠かせません。 新たな動きという点では、地産地消ということでいえば、北海道の酪農は、広大な地域に点在していますが、個々の酪農生産者は消費者に近づきたいという要望があります。それに対して我々がどう動けるのか、というのはまだ試行錯誤の段階です。 ダニエル・トメ(INA PG):政府、業界、企業それぞれが役割をもっていますが、そこに公的なルールを設けていく必要があります。健康を守るのが第一義ですが、経済的な機能も重要です。 そのバランスをとらなければなりません。あとはコミュニケーション、これはむずかしい。とくに栄養や健康についてのコミュニケーションは容易ではありません。 企業にとって重要なのは経済利益です。企業からの消費者に対するメッセージは、それが栄養学的には望ましくないとしても、マーケット優先でのメッセージが伝えられがちです。消費者とのコミュニケーションのためにも、それなりの公的予算が必要になります。 エリック・スピンレル(INA PG):特定、評価、対処という三つの役割を考えた場合、特定、評価は科学者が行います。対処はコミュニケーションの要素が強く、ここに行政や企業も入ってきます。 コミュニケーションの側面から科学者が手を引きすぎているのではないでしょうか。リスクの対処の仕方において、危険の特定と特徴付けの面から科学者は前面に出なければなりません。口蹄疫では、効果的な対処がされました。BSEはリスク評価がむずかしい。微生物にかかわる危険の特定は、かなりよくできるようになっています。微生物の評価の手法も確立しています。 これに対して、ケミカルな問題・生物学的な危険・アレルギーについては評価の手段が確立していません。新しい酵素・遺伝子組み換えについては、これから15年たって危険が特定されるかもしれないのです。こういった評価・特定の問題についてのコミュニケーションは簡単ではありません。 生源寺:次に、大学や研究機関に対する注文・要望をお聞かせ下さい。 神田:消費者との距離が遠いと感じます。もっと身近になってほしい。 専門のところで力を発揮してくれるのはけっこうだが、私たちが困ったときに窓口になっていただいたり、問題に対する研究の成果なども伝えてほしいと思います。今までは結論だけをつきつけられてきましたが、それだけでなく、プロセス・現状も知りたい。そういうところに、科学者・研究者に入ってきていただければと思います。また勉強会をするとき、講師を紹介したいときもあるので、アクセスしやすいようにしてほしい。 食育については、学校には古い情報しか届いていない場合が多いので、新しい情報が現場に届くシステムを確立していただきたいと思います。 高野瀬:メーカーの立場で言えば、研究開発→生産→流通というプロセスの中での大学とのつながりは、研究開発の部分でした。 これからは、生産現場にも来ていただき、メーカー全体のプロセスの中でかかわってほしいと思います。企業にどんどん入っていただき、異業種間でのネットワークも広がればよいと思います。 ベルマン:かつての行政では、たとえば農業省の中で、科学者は自分の専門の研究だけをしてきました。 リスク評価については、もっと全体的な、広い視点をもつことが必要です。食育についていえば、料理人が食育をすると子供にはわかりやすく、喜ばれています。 スピンレル:専門家の立場はむずかしい。 もっている知識以上のことを期待されがちだからです。研究の社会性を増すための連携は進んでいると思います。 吉川:大学は、自然科学でいえば純粋科学を重視してきました。 「食の安全」はその対極テーマです。複雑系で、不確定です。このような従来にない分野について人材育成をしていくのは、将来にわたる大きなテーマだろうと思います。 神田:スピンレルさんの仰るとおり、すべてのことをある専門家に期待するようなかかわりかたには注意しなければなりません。 要旨
生源寺:
第二部は、「より豊かな食を楽しむには」というテーマでのディスカッションです。 論点は二つ: 食文化・伝統的な食生活をいかに次世代に引き継ぐか 食生活と農業・漁業との関係 です。まずはやはり、初めて壇上に上がられる方に自己紹介をお願いします。 岩田 三代(日本経済新聞):日本経済新聞・生活情報部で編集委員をしております。 日本経済新聞の発行部数は、朝刊が300万部強、夕刊が165万部ほどです。生活情報部では、消費者の視点から見た生活・食とは何か、という視点で、20年ほど携わってきました。 私自身は、女性の労働問題のほか、食への関心も高く、食の安全・食生活の変化、食を支える第一次産業などの取材にかかわってきたほか、農業問題・食文化の会議にも出席させていただいております。 河野 一世((財)味の素食の文化センター):「地球的な視野に立ち、食と健康、そして明日のよりよい生活に貢献する」――これが味の素グループの基本理念です。 味の素グループは、国内12,000、国外18,000、合計3万の従業員を抱えています。食の文化活動を始めたのが30年前。味の素(株)創業70周年の記念事業として立ち上げ、現在に至っています。以来、食の文化研究の支援と普及の二本柱でやってきました。当初はまだ食の文化という言葉すらなかった時代です。そこで世界中からさまざまな分野の研究者や料理人を招いてシンポジウムを開き、食を文化として考えるための課題を抽出し、今の食の文化フォーラムに引き継いでいます。 お配りした『食文化マップ』をご覧になればわかるように、扱う分野は広範です。最近扱ったテーマは、「食と教育」「飢餓」「食と科学技術」「食と大地」「食とジェンダー」等々。自然科学的手法ではなく、主観的方法論で、比較分析的手法をとりつつ、歴史をひもとき、心理学的な問題も扱いながら、食文化を考察していきます。また食の文化ライブラリーとして食に関する蔵書を5万冊ほど配架し、皆様にご利用いただいています。 生源寺:食文化の継承について、フランスの方から。 クロード・ウィスネ=ブルジョア(INA PG):継承できていない、事態が悪化している、料理のアメリカ化が進んでいる、という言説もあるが、プラス視できる要素も少なくありません。 社会学的調査によると、少なくとも家庭では、伝統的な食べ方をしています。若者は外に出ると、家庭とは違う変わったものを食べたがりますが、自分が世帯をもつようになると、母親に電話をして家庭料理を身につけようとします。また、フランスで最も売れている雑誌は、テレビ、健康、料理を扱ったものです。レシピを学びたい人が多いのです。さらにフランスでは、地方レベルで独自の食育の動きが見られます。たとえば果物を再評価し10種類ものりんごを食べたり、シェフのグループが学校に来て給食では見られない料理を作ったり。それから20年前から「味の授業」を、年間15時間ほど行っていて、成果を上げています。そこでは、味覚に関して、子供が認識できる数を増やそうという教育を行っています。 カトリーヌ・マリオジュルス(INA PG):私の専門である水産物の例を挙げます。 食文化が伝わらない、料理が伝わらない、それは世代の違いなのか、年齢の違いなのか、という問題ですが、水産物でいうと、若いうちは購入できない。それは財政的な理由からです。 30代、40代になると、昔食べなかったものを食べるようになります。そうした味覚の嗜好の変化には、所得額も影響しています。 ジル・バザン(INA PG):私の経験談を一つ。 学生食堂で学生たちと食事を共にするのですが、まずくて、食材のレベルも調理もよくありません。これはフランスの大学食堂では一般的です。そこで学生たちはファーストフードを買ってしまいます。ファーストフードはジャンクフードともいって、健康にあまりよいとはいえません。 さて、EUの共通農業政策は、大規模な政策だが、概してその予算は非常にまずく使われています。しかしその予算の一部を利用して、学校などで品質の高い農産物を扱おう、そうしてその市場を広げよう、という動きがあります。現在25~50歳の就労者の半数はいわゆる給食を食べているが、そこに共通農業政策の予算を回して、いい素材を使ってもらうという動きです。 ショヴェル:外国の食品を加工して販売する仕事の中で、食品にレシピを付すなどして文化も伝えようとしています。日本の食文化のすばらしさは、他国の食文化を受け入れる寛容性にあります。 日本の食生活において、ここ30年ほど米の消費が減っています。それは、米に代わるほかのものを食べるようになっているからです。にもかかわらず、日本料理は固有性を保っています。スパゲティでも、日本でしか食べられないものがあります。 生源寺:今のお話をうかがって、1年ちょっと前に亡くなられた、キッコーマンの吉田節夫さんの言葉を思い出しました。「食生活はずいぶん変わったけれども、文法は変わっていない。 ボキャブラリーは代わったけれども、文法は変わっていない」ということを仰っていました。今のショヴェルさんのお話につながるように思います。次に、日本の方からお話をうかがいましょう。 岩田:山形県の鶴岡で、鱈のどんがら汁というものを取材してきました。 こういう日本にずっと伝わってきたものを食文化というのか、それとも欧米の影響を受け、カレー、チャーハン、スパゲティを含めたものを食文化というのか、そこが判然としません。 さて、内閣府が日本の食はブランドになるということで、対外アピールを盛んにしているが、内側の空洞化が進んでいるという指摘もされています。お箸の持ち方、お茶碗の持ち方一つをとっても、また親から子へきちんと日本料理が伝わっているかという点でも、心もとない現状があります。若者は食事よりも携帯電話のほうによりお金をかけているとか、冷蔵庫を開けたら水だけ、結婚したのに包丁もまな板もない――たしかに波頭ばかりを注目しているのかもしれません。しかし、私たちの食生活は豊かになりましたが、今後食文化を引き継げるかどうかは待ったなしの状況にあるのではないでしょうか。海外の知恵を入れて日本流にこなして食べるのも一つだが、食文化とは、風土、歴史、先人たちの知恵などが詰まった大きな文化だとすれば、それを残す努力も大切だと思います。 最近、江戸前の食文化に関心が高まっています。グローバル社会の中で、固有の文化に対する注目が集まっているのです。まずはそうした固有の食文化がある、それを食べてもらう、そして作ってもらう、そのために食文化と読者との間のインタープリターとしての役割を担うのが我々マスコミではないかと思います。インタープリターとしての役割は、「食の安全」のテーマのディスカッションでも述べておきたかったことです。 河野:最近の事例を一つ紹介します。鰹節のだしについて、いろいろな角度からスタディしてみました。 研究者をはじめ、漁業に携わっている人、鰹節を作っている人、販売している人、さまざまな実践者にも参加してもらい、5回にわたってフォーラムを行いました。鰹節づくりの起源はモルジブと言われています。日本でもほぼ同時発生的に鰹節が作られています。モルジブの鰹節はスリランカに輸出され、スリランカでは今でもカレーに鰹節のだしを入れています。 日本は、とくに江戸時代、ナマの魚を食べるために用いられたいり酒に、鰹節が盛んに用いられました。また、鶏のだしでとったスープと鰹だしのスープとを、中国人と日本人で嗜好性と呈味性の比較をしたところ、中国人は鰹だしのスープを好みませんでした。そして日本で用いられている鶏のスープは、じつは鰹だしに非常に近い成分であることも判明しました。このように、歴史的・比較的に考察することで、日本固有の食文化というものが鮮明になってきます。日本が誇る、日本の食文化の中核をなす「だし文化」を世界に発信する前に、私たち日本人がきちんと継承していきたいという思いで活動をしています。 神田:消費者団体では、「食文化の継承」という取組そのものはありませんが、日常的な食の安全、表示、地産地消の問題をとりあげることで、食文化につながっているのだろうと思います。 日本は南北に長く、周りを海に囲まれているので、豊かな食材があるはずです。それが流通経路が充実したことで、食が画一してきたように見えます。たとえば大根は、最近ではあおくび大根とか決まった種類しか眼にしませんが、かつては日本に100種類もあったといいます。今また、いろいろな大根が出てきている、そういう動きもあるようです。やはり画一的なものだけでなくて、いろいろ掘り起こしていくとよいと思います。食育という面でも、郷土食、伝統食が重視されているので、そういう面からも広がりが期待できます。 食文化というと、何でも古ければよい、という傾向があるので、それは気をつけなければなりません。いいものは引き継いでいく。一方で、その時代、その時代で文化は創っていくものでもあります。私たちの暮らしのあり方・仕事のあり方に応じた、食生活の中身が考えられるべきだと思います。私たち消費者団体のできることは、情報提供・発信、企業との信頼関係のための働きかけ、専門家とのネットワーク作りなどです。よりよい食生活・食文化をつくるための社会作りに取り組むのが、私たちの役割だと考えます。 マリオジュルス:フランスではさまざまな職業関係のグループ、団体が公的機関の援助を受け、食品の伝統的価値、料理のノウハウ、栄養のバランスをアピールしています。 たとえば肉に関する委員会は、肉の安全性、調理方法、栄養などについての情報伝達に努めています。水産物についていえば、業界団体、公的機関が、食べておいしい、さらに栄養価も高いというメッセージを発信していますし、海産物の生産者が夏休みを利用して、海で試食会を設けたりもしています。エコツーリズム、グリーンツーリズムはフランスでも盛んで、食の加工産業を訪問するといったこともあり、国民の興味・関心を惹いています。そうしたことを通して、食について幅広く、全体的な見方をしたうえで、伝承を考えるとよいのではないでしょうか。 ウィスネ:神田さんが仰ったことにまったく賛成です。伝統的な文化をいかに伝えるか、ということも大事ですが、「なぜ」伝えるか、ということも考えなければなりません。 伝承すべきものは選択してもよいのです。伝統は常に変わっています。今のフランスのシェフたちは、日本に一度来て、日本料理を体験したほうがよいと言われています。フランス料理だからといって、フランスの伝統だけがすべてではありません。 バザン:シェフはみんな知っているように、素材がよくなければおいしい料理は作れません。 フランスの農業生産者たちは、かつては品質よりも量を重視してきました。今日では、特定の市場をターゲットに定めて生産しなければならなくなっています。「多様性」と「品質」がキーワードです。フランスでは10年前には有機栽培はありませんでした。現在はそれが拡大しているが、これは消費者からの需要があるからです。 生源寺:二つ目の論点である「食生活と農業・漁業との関係」は別の機会にとっておきたいと思います。 本日はありがとうございました。 |
- 生源寺眞一(東京大学